2011/06/29

Twitterまとめ 7-① 腑に落ちる

2011年06月13日(月)

「『A』が存在しない事を証明するのが不可能ならば、『A』は存在する」
という考え方は、どうも気持ちが悪くて好きになれない。
私のようなテキトーな人間は、論理的思考を試みてもすぐに投げ出すか行き詰る。
でも、人間には「直感」という危険だけど便利なものがあって、
それで日々やり過ごしている。

@mikstar15
ツイッター始めてから、『一期一会』の意味を考えるようになった。今さらだけどw。
大袈裟にとらえるつもりは全然ないんだけど、
大事にしたい関わりって確かにあるなあって。
良い悪いでなくってさ、合う部分合わない部分がじんわり伝わりあう。
みきちゃんに出会えて嬉しいです。

去年のスクーリング、教育心理学の安藤教授は双生児の研究をされてて、
行動遺伝学とか発達心理学とか・・・よく分からなかった(笑)。
でも、ただただ面白かっただけ。そんなんだから試験の成績が(遠い目)。



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「『A』が存在しない事を証明するのが不可能ならば、『A』は存在する」

なんとも、気色の良くない考え方なんだろうと(笑)
こんな考え方してたら、楽しくないし、時間が勿体ないな、私は。

「やってないと言う証拠がないなら、やっているのだ」
「反論しないと言う事は、やましいのだ」
「議論の土俵に上がらないのは、負けると分かっているからだ」

・・・なんてメンドクサイ考え方。
そんな事に時間を割くよりも、やりたい事は山ほどある。


ツイッターやブログや、その他いろいろな変化を経験して
人はそれぞれ色々あって、良くも悪くもなくて、合うか合わないかだと
頭では分かっていても、他人との心地良い距離が上手に保てない人を見ると
とても居心地が悪い。


人間は、自分を基準に考える。…これは概ね正しいと思う。


嘘をつく人は、他人も嘘をつくと思っている。
陥れる人は、他人も陥れると思っている。
許せない人は、他人も許さないと思っている。
責める人は、他人も責めると思っている。
罵る人は、他人も罵ると思っている。
隠ぺい・捏造・改竄する人は、他人も同じ事をすると思っている。
見下す人は、他人も見下すと思っている。

一見理解できない行動も、そう考えれば腑に落ちる。

自分が恐い事をする人は、他人も恐い事をすると思っている。
他人を攻撃する人は、他人も攻撃してくると思っている。
だから、自分を守るために他人を攻撃する。

攻撃的な人は、きっと内心、いつも何かを恐れているんだろう。 
可哀相に…


みんな、自分の命を精一杯生きたいだけ。
人の中に悪意を見つけてる暇などない。
合わないと思えば、上手に距離を取ればいい。


議論したいなら、先ずは礼を尽くせる人間になってから。
無礼者はみんな好きではないし、誰だって馬鹿にされたい人などいない。
論破が目的の人には、誰も関わりたくない。
その人が自分の不安から逃げたくて、自意識を満足させたくてやってることに
協力してあげるほど親しくないならなおのこと(笑)

人間の顔は一つじゃないけど、
全くのウソを平気で言えて、事実無根の誹謗中傷で人を陥れる『顔』は
できる事なら見たくない。
どんなに有名でも、社会的影響力があっても、素晴らしい仕事をしていても
・・・間違いは間違い。

それに気づかないなら、もしくは、気づかないふりしてて平気なら
それもまた個性の一つでしょうか。 

自分の人生の残り時間が勿体ないので、そういう人には関わりたくないな…と。


この1年の間に、本当にいろんな事がありました。