2016/05/03

5月3日

たとえ誰かの(あるいは集団の)言動が

自分の理解の外側であっても、


それは、その人のことであって

異を唱える事はあっても

攻撃する必要などない。


・・・良識の範囲を大きく越えたら

だまって距離を取る。


危険は遠ざける。

自分の身は自分で守る。

そのための強さは、必要。


強く賢く。


成長とは変化のひとつだから

変化しないものに成長はないんだろう。



そういう意味では

人も、国も、

基本的には同じなのかも知れないな。



選択はいつも自分のもの。

民主主義とは、

一人一人の選択で成り立つ。



自分の国が大切だからこそ

しっかりと考える。



日本人として、

誇りを持って生きたい。


5月3日、そんなことを思った。




別々の人間なんだから

ひとつの事で、同意・共感できても

他の事では全く理解できないとしても

それはとても自然で、当たり前の事。


別々の人間なんだから。


だから、

部分だけ取り上げて

その人の全部を肯定も否定もできない。


その人のあるがままを、

その人として認識し

自分の中にある一番大切な基準で

対応していけばよいと思う。


みんな、それぞれ

自分の場所で頑張っている。


自分だけが辛かったり、悲しかったり

正しかったりするわけではない。



見えていないこと、知らないことなんて、

誰にでも普通にたくさんある。


自分以外の人に敬意をはらうのは、

人として自然なこと。