2018/05/14

ちょっと厄介そうなものを抱えると


頑張る!と思いながらも


時々、コッソリと へこたれる・・・


そういう時に、


過去の自分がへろへろと、救ってくれる事がある。


心に響いた言葉
http://saryuju-saryuju.blogspot.jp/p/blog-page_864.html



その頃、どんなつもりで書いたかは


うっすらしか覚えていないけれど


一度自分から出たものは、


どこか、自分でないものになってしまうのかも知れない。



でも、だからこそ、いざという時に こうやって


外側からやってきて、


へろっと、救ってくれる事もあるわけで。


有難いやら、面白いやらで、


新しいコーヒーを1杯入れて、


さて、どっこいしょと 立ち上がるか~。

2018/05/08

「やるしかないし・・・」と言いながら


「やるしかないし・・・」とか

ぶつくさぶつくさ言いながら

首都圏の隅っこと、本州の端っこを

ちょこちょこ行き来しながら

家事・介護・育児、その他を必死にやってきたけど

何となく、新しい流れに乗っているかもって

じわじわっと感じ始めたんだろうなあ。

これから1~2年掛けて、

さらに大きな変化に向かう気持ちになった。

*****

生きていれば、変わらない事なんてないんだけど

自分が納得していて、不安の全くない変化なんて

あるわけがない!(笑)

*****

手始めに、残りの人生で一番若い『今!』

新しい事を始め・・・てない(笑)

だから、始めるという決意をここに書いて

自分を追い込む事にした。

ず~~~~っと考え続けているのに

そ~~~~っと逃げていた事に、これから取り組む。

WordとExcelの、基礎をきちんと身につける。

さあ、書いたぞ。

家族は見ているぞ。

もう、逃げられない。

もう、ごまかせない。

*****

メルマガ読んだり、ネットで検索かけたり、

そういう、

「一見、何かやっているようで、実は実体がなく、時間だけ捨てている」

みたいな情けない事は、もう、やめだ。

準備は整えた、後は やるだけ!

え~~ん、もう、後には退けないのよぉ~~~。

・・・とにかく、半年頑張ってみる(笑)



2018/01/24

変わる時には変わっておく

様々な変化は

やっぱり必要だったと思ってしまうのが

一番効率が良いんだろうな。


「残りの人生で、今が一番若い」

というのは、真実だから。


ならば、

ちょっと未来の自分や

うんと未来の自分が

少しでも喜ぶ選択をしようと思う。



先月末、水族館に行って来た。

日常と違う空間は、

日常を違う視点で見る良い機会になるね。


自分の時間を丁寧に生きながら、

自分の環境を心地よくする事を始めた。


2018年1月は、そんな風に過ぎていってる。

2017/09/18

自信があればあるほど

自分の知識や判断力に自信があればあるほど

一旦下した判断を、

撤回したり修正したりするのは

きっととても難しくなるのだろう。


そして、

自分の外に向けて

それを表明していたりすると

それを変えるには、

相当の勇気が必要だろう。


でも、

偏らない情報と

その判断の先にある『目的』を見失わなければ


そして、

自分の判断に思慮不足があったなら

常にそれを修正していく

という勇気を忘れなければ


その判断の結果がどうなっているか

ハッキリと知っているであろう未来の自分が


「あの時はあれで良かったんだよ」


と、それなりに納得してくれる答えに、

少しでも近づけるような気がする。

2017/09/16

到底理解し難い…と思えることにぶつかったら

何か、到底理解し難い…

と、思えることにぶつかったら


それが、自分自身の、
絶対に譲れない価値観に照らし合わせての判断なのか

それとも、自分の中の、

例えば、

偏らない情報の不足だったり

気づかぬうちの考え方のパターン化だったり

または、

言葉のイメージや

周囲の人たちの意見の流れだったり

情報を整理するために最初に何気なくやった
一時的なレッテル貼りのせいだったり

そんな、ちょっとした原因を

何となく修正しなかったことの

その延長線上にある、実は単純な思い込みを

自分の中で無意識に正当化するための判断なのか


それを、その都度、じっくりゆっくりと、

静かな状態の心で考えてみると・・・


意外にすんなりとやり過ごせる(笑)

2017/08/15

広島ってとこはね、 被爆してない人が行って騒ぐところなんだ

私の年代は、
自分では経験していなくても
生きている経験者から聞いていることが実は結構ある。

父方の大叔父は原爆投下の数日後に現地に入ったという。
隣接する県だから、母方の大叔父・大叔母達は、
逃れてきて亡くなった人々を知っている。

語れないこと、語りたくないこと、
あって当たり前なのだと思う。

「広島ってとこはね、
被爆してない人が行って騒ぐところなんだ、あれは。
ほんとに被爆した人間はとうてい行く気しない」
(『自由について 七つの問答』)

この言葉の本当の重みなんて、
私なんぞに理解できるはずもない。

だから、身内からの伝聞であっても
軽々しく語ったりするはずもなく、

ましてや、
的外れな『デモ』で騒ぎたてる人々の
傲岸不遜な主義主張など聞く耳も持たない。

日本人として、黙祷するだけだ。