2018/11/30

ちょっと転生気分で と、放置をごまかす

書きためていた大量のブログ記事を、
うっかり消してしまったという体で・・・

いや、本当にバッサリ無情に消えてしまったんだけど
それを認めると、ちょっと心が折れそうになるので。

遠くを見つめながら、軽く笑い話で済ませるしかないなと。



異世界ね・・・
私の書いたモノ達は、そこで元気にしているのだろうか?

2018/08/23

ラジオ体操で、今のコンディションが分かる!

自分の身体は恐ろしいほどにゲンキンだったという事実。

このところの変化と言えば、西川のAirで、眠ってるだけなのだけど・・・
自分でも呆れるくらいスッキリと、すんなりと、ラジオ体操に復活だ。
そして、どの動作も気持ちよく・・・まあ、それなりに(笑)・・・出来る
(ラジオ体操第2は、まだちょっと動きがアヤシイ部分が無きにしも非ず。)

ありがとう!西川のAir!!
(いや、そこは、贈ってくれた家族に感謝じゃないのか???)

しかし、ラジオ体操は、自分のコンディションが如実に分かる。
数分間の短い時間だけど、続けているとよく分かる。
なんなら都度ごとに「イテテ」の場所が違う。

これは、微妙に蓄積されている筋肉痛の影響かも知れないが
それでも、上腕と大腿が、ダテに脂肪にまみれていないと・・・分かる。 
ぷるぷる震える生まれたての何かのような脆弱な筋肉 orz 。



しかし、だからこそ、
毎日のラジオ体操習慣の中で変わっていく自分がいるわけだ。
これは、ひとつのきっかけなんだけれども、
この小さな、プチ成功体験が、次の習慣を呼んでくるような気がしている。

「続ける」というのはスゴイもんだ。
自分の中に、自分なりの、自分基準のデータが着々と貯まっていく。
「貯まる」にしたのは、価値あるモノだと思っているから。

********************
ラジオ体操きっかけで、地味に体重が減っている上に、
身体の各所の可動域が確実に広がってきている。
この年齢にしては、そこそこ良い感じではあると思う・・・かな。
立位体前屈は両手が床にべったりつくし、背中で合掌できるもんね。
年齢が分からなければ、評価は難しいだろうけど(笑)

2018/08/19

魅惑の睡眠に誘うピンクのロールケーキ 西川のAir 

ここ1週間くらい体調を崩してしまい、
せっかく定着しつつあったはずのラジオ体操の習慣も、
体調不良とお盆休みを言い訳にしてブッチ。

な~~にが、習慣化したら楽ちんだった だ(笑) orz 
やれやれ、偉そうなことは言うもんじゃない。

でもって、これ、こういうのって、意外に自尊心をやられる。

うっすらとした負の連鎖のようなものにはまって、やる気が起こせなくなる。
スライムの中を泳いでいるみたいに。

・・・まあ、うっとうしくて息苦しい。ぐったりだ。


もちろん、気持ちの中の話なのだけど、身体まで重くなるのが不思議なとこ。
そんなこんなを愚痴っていたら、離れて暮らしている家族から
突然、思いがけないモノが届いた。


ピンクの巨大ロールケーキ!

ではなくて、西川のAir.
さすがに、ちょっと、いや、・・・ものすごく驚いた!

考えてみれば、人生の3分の1くらいは眠っている。

しかも、睡眠は頭・心・体の疲れを回復てくれる、有り難い時間だ。
この貴重な時間の質を上げるのは、決して間違ってはいない!

うっとりと、誘われる魅惑の眠り・・・

もう、速攻で試してみたもん。横になるやいなや、爆睡だもん。
難しいことは分からないもん。いいんだもん。心地よければ。

家族の心遣いに感謝しつつ、早々と就寝を決め込む。


宣伝するわけじゃない、わけじゃないけど、
これ、正直言って家族間で争奪戦が起こった。

全員に1枚ずつ必要なのである!!!

寄る年波で、脂肪に変わり果てた筋肉が、己の質量を支えきれず、たれパンダ。
あちこちがギシギシ、柔軟性が失われて隙あらば軋む(きしむ)各関節。
いや、運動不足の自分がよろしくないのですけどもね。

1日の3分の1を占める睡眠時間を頼もしくも静かに優しく支えてくれる寝具。
家族の愛をじんわり感じながら、おやすみなさいまし。


業務連絡:To お兄さま 
3D枕も、気長に待っておりますゆえ、何卒、よしなに

2018/08/09

習慣化したら楽ちんだった

夏の朝のラジオ体操。

早寝早起きが習慣として定着している私には
6時半という時刻は、どうと言うことはない。
起床から2時間あまり、単なる朝の一部分。

その場所まで歩く距離もほんの数分。
いや、走れば1分かからないか。

ラジオ体操自体も、
完璧にやれば運動量は相当だろうけど
自分の体調に合わせてマイペースでやれば
うっすら汗をかく程度。

終わった後の疲労感はスッキリ感の100分の1以下。

でも、今日までの間に2~3回
小ずるい言い訳を思い浮かべて「今日はいいかな・・・」と
サボろうとしたことがある。

「腰がちょっと」、「足首がちょっと」、「何かだるい」、
挙げ句の果ては、「気が進まない」・・・


(#Д´)ノノ┻┻;:'、・゙

なんじゃそりゃあ!!! と、自分にちゃぶ台返し。

大した
意味も理由もないくせに、ずるずるモタモタ あーやだやだ。
小人閑居して不善を為す・・・なんてレベルですらない。
単なる怠惰、易きに流れるナマケモノ。

それでも、かろうじて
ゆるい強制力が発動されるファクターがあったので・・・行った。
で、これがまた、行けば行ったで、
「え、何で?何でうだうだしていた?私」と、都合良く切り替わる。

そして、今や、どーだ?

行くのが当たり前、何の疑問も、抵抗もない。
いや、むしろ 身体の動きで体調が何となく分かる。
なんなら、精神状態もうっすら整えられる。

これが習慣化の面白さというやつか・・・

本当に無理がない、負担がない。
すんなり出来る、面白いくらいに。

これを、他のことにも応用しない手はないよなぁ。




しばし模索する・・・、大抵はそのまま寝る

2018/08/06

ラジオ体操は続くよ、どこまで?

土・日はお休み、ラジオ体操。
そして明けて 月曜日、・・・また参加してしまった。











まあ、早寝早起き族としては
6時半頃というのは、軽く身体を動かすくらいはOK。
でも、決して
ジョギングとか、筋トレではないのだな。

あんまり無理なく続けられる
だけど、ちょっとくらいは頑張った感が得られる。
・・・これが大事。




うむ、そうなのだよ ムラサキ






徒歩で数分で到着する自治会館前、

ちゃんちゃっかちゃん、ちゃららら、ちゃんちゃっかちゃん
と、歌が始まって、軽い導入部の後、ラジオ体操第1。

終わると、また軽い首の運動などがあり、ラジオ体操第2。
何十分もやるわけではない、ほんの数分間。

自分のレベルで、自分のペースで、曲に合わせて動くだけ。
小学生や幼稚園児、ちょっと・・・かなり大昔の子ども達もいっぱいいる。

大昔の子ども達は、
スタンプカードは持ってないけど、
心に、ペッタン!と花丸スタンプを押して意気揚々と帰るのだ。

*****

この夏は、くらくらするほど暑い日が続くけど、
朝のラジオ体操と一緒に、へろへろ乗り越えていこう。

と、思っている私だよ。

メレブは・・・3ゴールド。

分かる人だけ分かれば良いのだ、うむ。


2018/08/03

いろいろあるんだ ラジオ体操

ラジオ体操ばなしが続く今週、

せっかくなので(?)いろいろラジオ体操シリーズ。


その1:午前6:30、この歌で始まる、日本の小学生の夏休みの朝。






その2:英語版があるの、知らなかった。ラジオ体操世界制覇計画・・・




(第2は、ちょっと浸透度が低いのか、たまに動作が分からない私だ)




本日も、参加してきたけど、

日ごとに自分の身体の可動域が広がっていく・・・

・・・ような妄想にかられるほど、地味に楽しいラジオ体操。

2018/08/02

日本の夏の朝、ラジオ体操の危機?


ラジオ体操、コスパ最高 
・・・と、書いた後で衝撃の事実を知る。

****

実は、ここ数日・・・
「新しい朝が来た、希望の朝だ」の懐かしい歌声に誘われ、
午前6:30~、近くの自治会館前広場でやっている。

夏休みの、
子ども達のラジオ体操に・・・こっそり隅っこで参加。

痛めた腰や足首を気にしつつ、出来る範囲でだけど
気持ちよく、自分の筋肉を感じている。

ぐるりを見渡せば、小学生を中心に、
ご父兄方、ご近所の高齢者の皆さん、
文字通り老若男女が、年齢性別を超えて楽しく、
各々のペースで身体を動かしていらっしゃる。

このわずか数分間が、
一日のスタートに、ホント「丁度よい!」

***

何日目かになると、私にとって、
朝の健康的な三二イベントとして習慣化しつつある。
お顔なじみの方々ができ、ぽこぽこ歩く帰り道で知る驚きの現実。

「いま、小学校でラジオ体操 教えてくれないんですよ」

「ラジオ体操を教えてくれるように、要望は出しているんですけど・・・」

「だから、今のこどもは夏休みのラジオ体操、なかなか出来ないんです」

えええええええ!? それ、マジですか!?なんでーーー!!!???と
思わず声に出して叫んでしまった。

それって、この地域だけ?
それとも全国的なもの?
何かの、誰かの、陰謀?
どっかの団体のクレーム?

渦巻く疑問符、湧き上がる魂の叫び、

「ラジオ体操は、日本人の夏の朝の風物詩です~!」

帰宅して、Youtebeで うるうるしながら『ラジオ体操』を見た私だよ。




2018/07/27

ラジオ体操、コスパ最高

昨年の秋に、機会があって

少しの期間だけど、定期的にラジオ体操をするようになった。










日本の子どもは、ほぼほぼもれなく、ラジオ体操を覚える機会に恵まれる。

そして、地味に身体が あのおなじみの曲に反応して・・・動く。

習慣とは、本当に素晴らしい(笑)

今年の3月に、軽いはずみで重いぎっくり腰をやらかすまで、

おおよそ半年の間、ラジオ体操をやることになったけれど、

ラジオ体操は丁度よい!

厳密にキッチリやれば、それはそれで大変な運動量だけど、

自分の身体に合わせて、精度レベルを上げ下げしながら

「やや頑張りが必要」な程度で続けるなら、

キツすぎもせず、緩すぎもせず、長過ぎも短すぎもしないで

心地よく1日をスタートできる身体の状態に持って行ってくれる。







そして、

気がつけば、柔軟性と筋力が ほんのわずかだけれど 

でも確実にアップしている!

(ならなんでぎっくり腰に?という疑問には「はずみ」と回答)

すごいぞ!ラジオ体操!

この理不尽なまでに問答無用に暑い夏にも、

朝の時間は、まだまだ涼しい世界が存在する。

早寝早起きとともに、習慣化すれば・・・

半年とは言わない、3ヶ月、いや1ヶ月後には

身体だったり精神だったり、1日のペースだったり、ベースだったり

速度や規模や分野に多少の個人差はあっても、

とにかく確実に何かが良い方向へ変わっていく。

何年も続ければ、

同年代の何もしない人達とは、オソロシイくらい差がつくだろう。

残りの人生で、今が一番若いのだ。

始めるなら、早ければ早いほど効果は早く出る。

お金もかからない、時間は数分、効果は確実で、

ラジオ体操、コスパ最高!

この夏、ぎっくり腰の癒えた老体を労りつつ地味に鍛える。

早寝早起き&ラジオ体操が、私の夏を楽しくする予感がぶりぶり。


2018/05/14

時々、コッソリ へこたれる・・・

ちょっと厄介そうなものを抱えると
頑張る!と思いながらも

時々、コッソリ へこたれる・・・



そういう時に、
過去の自分がへろへろと、救ってくれる事がある。

心に響いた言葉
http://saryuju-saryuju.blogspot.jp/p/blog-page_864.html

その頃、どんなつもりで書いたかは
うっすらしか覚えていないけれど

一度自分から出たものは、
どこか、自分でないものになってしまうのかも知れない。

でも、だからこそ、いざという時に こうやって
外側からやってきて、
へろっと、救ってくれる事もあるわけで。

有難いやら、面白いやらで
新しいコーヒーを1杯入れて、
さて、どっこいしょと 立ち上がるか~。

2018/05/08

「やるしかないし・・・」と言いながら


「やるしかないし・・・」とか

ぶつくさぶつくさ言いながら

首都圏の隅っこと、本州の端っこを

ちょこちょこ行き来しながら

家事・介護・育児、その他を必死にやってきたけど

何となく、新しい流れに乗りかけているかもって

じわじわっと感じ始めた。

これから1~2年掛けて、

さらに大きな変化に向かおうって気持ちになってる。

*****

生々流転・・・

生きていれば、変わらない事なんてないんだけど

自分が納得していて、不安の全くない変化なんて

あるわけがない!(笑)

*****

手始めに、残りの人生で一番若い『今!』

新しい事を始め・・・てない(笑)

だから、

始めるという決意をここに書いて

自分を追い込む事にした。









「修行!(雰囲気のみ)」







ず~っと考え続けているのに

そ~っと逃げていた事に、

これから取り組む。

WordとExcelの、基礎をきちんと身につける。

さあ、書いたぞ。

家族は見ているぞ。

もう、逃げられない。

もう、ごまかせない。

*****

メルマガ読んだり、ネットで検索かけたり、

そういう、

「一見、何かやっているようで、実は実体がなく、時間だけ捨てている」

みたいな情けない事は、もう、やめだ。

準備は整えた、後は やるだけ!

え~~ん、もう、後には退けないのよぉ~~~。

・・・とにかく、頑張ってみる。

つもり。

ああ、初手から逃げを打っている私。



2018/01/24

変わる時には変わっておく

様々な変化は

やっぱり必要だったと思ってしまうのが

一番効率が良いんだろうな。


「残りの人生で、今が一番若い」

というのは、真実だから。


ならば、

ちょっと未来の自分や

うんと未来の自分が

少しでも喜ぶ選択をしようと思う。



先月末、水族館に行って来た。

日常と違う空間は、

日常を違う視点で見る良い機会になるね。


自分の時間を丁寧に生きながら、

自分の環境を心地よくする事を始めた。


2018年1月は、そんな風に過ぎていってる。


2017/09/18

自信があればあるほど

自分の知識や判断力に自信があればあるほど

一旦下した判断を、撤回したり修正したりするのは

きっととても難しくなるのだろう。

そして、

自分の外に向けて それを表明していたりすると

それを変えるには、相当の勇気が必要だろう。

でも、

偏らない情報と

その判断の先にある『目的』を見失わなければ

そして、

自分の判断に思慮不足があったなら

常にそれを修正していくという勇気を忘れなければ

その判断の結果がどうなっているか

ハッキリと知っているであろう未来の自分が

「あの時はあれで良かったんだね」

と、それなりに納得してくれる答えに、少しでも近づける。

******

これは、もしかしたら、

5~6年くらい前に
事実と全く反する非常識な誹謗中傷をネット上に巻き散らかし
知らん顔して、あちこちで繰り返しては
多くの人の心を傷つけていた人達への、
私なりの理解と結論かも。

今や、笑い話にしてしまえるくらい遠い昔になったねえ。

2017/09/16

到底理解し難い…と思えることにぶつかったら

何か、「到底、理解しがたい!」
と、思えることにぶつかったら

それが、

自分自身の、
絶対に譲れない価値観に照らし合わせての判断

なのか

それとも、自分の中の、例えば、

偏りのない情報の不足
だったり
気づかぬうちの考え方のパターン化
だったり

または、
言葉のイメージや、周囲の人たちの意見の流れ
だったり

情報を整理するために最初に何気なくやった
一時的なレッテル貼りのせい
だったり

そんな、ちょっとした原因を
何となく修正しなかったことの延長線上にある、

単純な思い込みを
自分の中で無意識に正当化するための判断

なのかどうかを

じっくりゆっくりと、落ち着いた環境の中で、
静かな状態の心で考えてみる。




すると、
意外にすんなりと・・・やり過ごせる。


命や、人としての尊厳に深く関わる事以外で
絶対に許せない!ってことは、
普通の人生にはそんなに多くはないのかも知れない。

心地よい環境は、
それをすんなり可能にしてくれる。

腹が立ったら、掃除をしてみよう。
部屋が整うほどに、心も整っていく。

それから、イヤなやつのことは・・・あんまり考えないことだな。
それは何の役にも立たないくせに、消耗させるから。

忘れた頃に、笑い飛ばせるようになる。
いろんな事ひっくるめて。


2017/08/15

広島ってとこはね、 被爆してない人が行って騒ぐところなんだ

私の年代は、
自分では経験していなくても
生きている経験者から聞いていることが実は結構ある。

父方の大叔父は原爆投下の数日後に現地に入ったという。
隣接する県だから、母方の大叔父・大叔母達は、
逃れてきて亡くなった人々を知っている。

語れないこと、語りたくないこと、
あって当たり前なのだと思う。

「広島ってとこはね、
被爆してない人が行って騒ぐところなんだ、あれは。
ほんとに被爆した人間はとうてい行く気しない」
(『自由について 七つの問答』)

この言葉の本当の重みなんて、
私なんぞに理解できるはずもない。

だから、身内からの伝聞であっても
軽々しく語ったりするはずもなく、

ましてや、
的外れな『デモ』で騒ぎたてる人々の
傲岸不遜な主義主張など聞く耳も持たない。

日本人として、黙祷するだけだ。

2017/06/19

『小さい白いにわとり』

『小さい白いにわとり』


小さい白いにわとりが、みんなに向かって 言いました。

「この麦 誰が 蒔きますか。」

豚は 「いやだ。」 と言いました。
猫も 「いやだ。」 と言いました。
犬も 「いやだ。」 と言いました。

小さい白いにわとりは、ひとりで 麦を 蒔きました。



小さい白いにわとりが、みんなに向かって 言いました。

「この麦 誰が 刈りますか。」

豚は 「いやだ。」 と言いました。
猫も 「いやだ。」 と言いました。
犬も 「いやだ。」 と言いました。

小さい白いにわとりは、ひとりで 麦を 刈りました。



小さい白いにわとりが、みんなに向かって 言いました。

「誰が 粉に ひきますか。」

豚は 「いやだ。」 と言いました。
猫も 「いやだ。」 と言いました。
犬も 「いやだ。」 と言いました。

小さい白い にわとりは、ひとりで 粉に ひきました。



小さい白いにわとりが、みんなに向かって 言いました。

「誰が パンに 焼きますか。」

豚は 「いやだ。」 と言いました。
猫も 「いやだ。」 と言いました。
犬も 「いやだ。」 と言いました。

小さい白い にわとりは、ひとりで パンに 焼きました。



小さい白いにわとりが、みんなに向かって 言いました。

「このパン 誰が 食べますか。」

豚は 「食べる。」 と言いました。
猫も 「食べる。」 と言いました。
犬も 「食べる。」 と言いました。












もともとは、ウクライナの民謡からのお話で、

昔、小学校の教科書にも載っていたお話らしいです。


この後、小さい白いにわとりは、豚や猫や犬に何と言ったのかな?と

子ども達に聞いたのかも知れないし、

お話を読んで、どう思いましたか?と聞いたかも知れませんが


お話が、プツンとここで終わっていると

いろんな事を考える楽しみがありますねぇ。









大人がこのお話を読むと、子ども達よりももっともっと

あれやこれや考えるでしょう(笑)


小さい白いにわとりは、みんなにパンを分けてあげたでしょうか?

小さい白いにわとりは、みんなに何か言ったでしょうか?

小さい白いにわとりは、どんな気持ちでいるでしょうか?

豚や犬や猫は、小さい白いにわとりをどう思っているでしょうか?


自分を誰に当てはめるかによっても、

色々変わって来るかも知れません。



これは、本当に面白い!

身近な人間関係、政治、宗教、様々な視点での『小さい白いにわとり』を

親しい人と、コーヒーでも飲みながら話すのも楽しそうです。