2017/09/18

自信があればあるほど

自分の知識や判断力に自信があればあるほど

一旦下した判断を、撤回したり修正したりするのは

きっととても難しくなるのだろう。

そして、

自分の外に向けて それを表明していたりすると

それを変えるには、相当の勇気が必要だろう。

でも、

偏らない情報と

その判断の先にある『目的』を見失わなければ

そして、

自分の判断に思慮不足があったなら

常にそれを修正していくという勇気を忘れなければ

その判断の結果がどうなっているか

ハッキリと知っているであろう未来の自分が

「あの時はあれで良かったんだね」

と、それなりに納得してくれる答えに、少しでも近づける。

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これは、もしかしたら、

5~6年くらい前に
事実と全く反する非常識な誹謗中傷をネット上に巻き散らかし
知らん顔して、あちこちで繰り返しては
多くの人の心を傷つけていた人達への、
私なりの理解と結論かも。

今や、笑い話にしてしまえるくらい遠い昔になったねえ。

2017/09/16

到底理解し難い…と思えることにぶつかったら

何か、「到底、理解しがたい!」
と、思えることにぶつかったら

それが、

自分自身の、
絶対に譲れない価値観に照らし合わせての判断

なのか

それとも、自分の中の、例えば、

偏りのない情報の不足
だったり
気づかぬうちの考え方のパターン化
だったり

または、
言葉のイメージや、周囲の人たちの意見の流れ
だったり

情報を整理するために最初に何気なくやった
一時的なレッテル貼りのせい
だったり

そんな、ちょっとした原因を
何となく修正しなかったことの延長線上にある、

単純な思い込みを
自分の中で無意識に正当化するための判断

なのかどうかを

じっくりゆっくりと、落ち着いた環境の中で、
静かな状態の心で考えてみる。




すると、
意外にすんなりと・・・やり過ごせる。


命や、人としての尊厳に深く関わる事以外で
絶対に許せない!ってことは、
普通の人生にはそんなに多くはないのかも知れない。

心地よい環境は、
それをすんなり可能にしてくれる。

腹が立ったら、掃除をしてみよう。
部屋が整うほどに、心も整っていく。

それから、イヤなやつのことは・・・あんまり考えないことだな。
それは何の役にも立たないくせに、消耗させるから。

忘れた頃に、笑い飛ばせるようになる。
いろんな事ひっくるめて。