2012/10/25

如何なる場合にも平気で生きて居る事

正岡子規(1867~1902)といえば、教科書のこの写真。

結構しっかりと印象に残る写真だよね。
35~6歳で亡くなったんだけど、もっとうんと年上に見える。 

『坂の上の雲』の香川照之が演じた子規も強烈な印象だったなあ。

で、その子規の言葉でちょっと胸に来たものがある。 

余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。

悟りといふ事は、
如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、

悟りといふ事は、
如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。 

この言葉は子規の随筆集、今で言うところのエッセイ『病床六尺』の中にある。

明治35年の5月5日から死の2日前の9月17日までの間、
新聞『日本』に127回にわたって連載されてた。
内容は文学論・絵画論・文明批評など、本当に様々なジャンルにわたってる。


病床六尺・・・

病床六尺、これが我世界である。
しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。 
かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、
蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。
だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。
苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて
少しの安楽を果敢なさ、
それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、
毎日見るものは新聞雑誌に限つて居れど、
それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、
読めば腹の立つ事、にさはる事、たまには何となく嬉しくて
ために病苦を忘るるやうな事がないでもない。 

当時の子規は病床で結核と、脊椎カリエスの激痛に耐える日々だった。
常に漠とした『死』の恐怖と向き合いながら毎日を過ごしていたかもしれない。

でも、書かれているに感じるのは感傷的なものではなく
なんだか淡々として見えて、自分の生も死も
痛みも苦しみも恐怖もまるで客観的にとらえてるみたいだ。

でも、実際にそんなことあるわきゃないと思うんだよね。


悟りといふ事は、
如何なる場合にも平気で生きて居る事

こんな言葉、気楽に出るもんじゃない

どれだけの痛みと苦しみの中から
それでも「生」をみつめて言葉を生み続けることを選んでいたのか。 
それとも、書き続ける事、生み出し残すが救いだったのか
 
誰のどんな人生にも、必ず終わりは用意されている。
そして、そこに至るまでに、良くも悪くも本当にいろんな事がある。

ホント、生きてれば、誰だっていろんな事があるよね
それはまた、誰かと比べても仕方ない事なんだよね。


だから、自分なりに、自分の人生を
できるだけ悔いの残らないように…ってか、有難く生きるのが
一番正解に近いのかも知れない。

いや、何が正解なのか分かんないんだけども。  
 
ちなみに、「柿くへば・・」の名句
療養生活の世話や奈良旅行を工面してくれた友・夏目漱石

 「鐘つけば 銀杏ちるなり建長寺」

 の句への返礼の句だそうです。
 

悟りといふ事は、

如何なる場合にも平気で死ぬる事ではなく

如何なる場合にも平気で生きて居る事

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