2012/04/30

Twitterまとめ 46 糧にする

※ツイートを抜粋してまとめて並べただけなので、何の脈絡もありません。

2011年9月初旬~中旬

人の誠意とか、人の真実って、何なんだろうなと…この頃よく考える。
やっぱり自分の都合によって基準が変わるのは仕方ないんだろう。
ダブルスタンダード、トリプルスタンダード。
相手によって見せる顔が違うのは社会生活の上ではままあること。
それは理解できるけど…。本当の信頼って、あるよね。

嘘をつく人も辛いかもしれないが、
嘘をつかれた方は、それが嘘だと分かった瞬間に、ひどく落胆するんだよ。

今までの事も全部が嘘だったのかもしれないなって思えてきて。
言葉だけじゃごまかしきれないものが必ず出てくると思うんだけど…
それでも、貴方達は嘘をつき続けるのかな?って思うと正直しんどい。

良かった思い出までが、くすんで感じるようになると悲しいから、
切り離して考えるように努力するんだけど。

保身のために明らかな嘘をつかれると、そこまでバカに見えるのかなと。
長い事生きてきて、こんな状況に出くわすとは思わなかったな。
過去は過去、現在は現在と、捉えていたのに。

自由の対価として、やるべきことはちゃんとやる。
こんな当たり前の事が出来ないうちは、幾つであっても一人前ではない。

利用できる部分だけを利用して、
めんどくさい事になりそうになったら嘘と捏造で隠蔽しようとする。
そんな、ごまかしを平気で出来る人種っているのかも知れないと
思い始めた自分も情けない。

追い詰めたり、個人情報を暴露したり、憎しみの種を蒔きたくないので、
良識と社会のルールの範囲内で自分に出来る事をしたいと思っています。
私もまた、不安と心配のあまり何かを見失って判断を誤っていてはいけないので。

怨嗟の連環はとても愚かなこと。
一方的にどちらかが全面的に良かったり悪かったりすることはないし、
どちらにも非があり原因があると思う。
それを踏まえた上で、互いに平和的に解決できなければ、ただの未熟な大人。
年齢だけ重ねても仕方ない。

いろいろ調べた時に、被害者が多いのでビックリ。
でも、もめごとを起こす気は全くない。
済んだ事は済んだ事として、シッカリ逞しく成長すればいい。
払った代償は大きくても、いつか糧に出来たらそれでいい。

若者の保身の嘘は、底が浅く見え透いていて微笑ましくも思えるけれど、
いい歳をした大人の保身の嘘は、ただただ見苦しく、情けなく、哀しい。
でも、「まだ中身が子どもなんだ」と思ったら、不思議なことに許せる。
80歳前はみな子ども…ぐらいの気持ちでいた方がいいのかもしれない。

・・・という事は、私も取りあえず、まだ子ども。
沢山の人に助けてもらって、大目に見てもらって、
やっと生きているんだなあ。

座右の銘は、いつになっても『独立自尊』かも知れないな。
この試練も、必ず糧にしよう。
そして、もっと強くて賢くておおらかで優しく楽しい大人になろう。
どんな人や状況が相手でも、
自分が自分としてしっかり立っていたら大丈夫だと思う。

世の中には、ちゃんと美しいものは存在する。
人の心も生き方も、美しいものはたくさんある。希望は失わない。

不器用でも、時間がかかっても、真っ直ぐが一番強い。
歪んだものに惑わされたり翻弄されたりしない。
大事な人を守りたいなら、強く賢くならなくては。

理不尽に負けないように。
でも、戦わなくてもいい。
相手からの理不尽が通用しないほどの存在になればいいんだ。
そして、理不尽を投げつけてくる存在から遠ざかればいいんだ。

人に理不尽をぶつけてくる者は、
いつか、他の誰かからの、
それ以上の理不尽に潰されるんじゃないかな。

突然、生ハムとチーズとパンを食べたくなった。ワインも。
どんなに 辛くても、泣くだけ泣いても、
やっぱり生きているという事はリアルで、そして素晴らしいと思う。

お腹が空いてるわけじゃなくて、
多分家族みんなが一緒の、平凡だけど幸せな風景の中に、
生ハムとチーズとパンとワインがあるんだろう。

昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう。
 『利口な人は問題を解決する。 賢明な人は問題を避ける。』
ああ、言われてみれば本当だなぁ。

*************

諦めて投げ出さない限り、終わる事は無い。
逃げたりしない、絶対に。 
ちゃんと乗り越えて、いつか笑い話にするんだ。

2012/04/29

Twitterまとめ 45 道草、遠回り、迷い道

※ツイートを抜粋してまとめて並べただけなので、何の脈絡もありません。

2011年8月26日~9月初旬

加速装置…ヒーローのスイッチ http://t.co/2DR9Eln 
自分で選ぶ http://t.co/rIEVOfB 


片付王子の整理収納ピラミッドによると、
ピラミッドの土台が「整理」で、→「収納」→「整頓」→頂点が「片付け」。
整理は物の要・不要を区別し不要品を取り除き、
収納は使う場所に使いやすく納め、
整頓は見た目を良く整え、
片付けは使ったものを元の位置に戻す…(遠い目)


『怒り』について思う事 http://t.co/olgFUoj 


スカイプをつけっ放しにして、何時間も妹と会話していた。
しまいには、お互いにPCで別作業しながら、
顔は見ないままに(たまにちらっと見るけどw)声だけで会話してた。
離れていても、ずっとそばにいるみたいだねって (^・^) 
時々、認知症の母が参加してくるのもなんだか安心する。


進展しない時は進展しないもんだ。
でも、気持ちが挫けたらやっていけなくなるから、
しぶとく、じわじわと、頑張ってみる。
人の心は難しい様でシンプルなんだ。
希望さえあれば、ギリギリのところでもきっと戻ってこれると信じてる。


失うまい失うまいとすると、大切であればある程、
失うことへの恐れ から、硬直してしまう。
結局守れなくなるくらいなら、解放してやろう。
自分自身の責任で自由な道を折るける様に、
善きものもそうでないものも、
すべてが自分の選択と行動で得られる結果なら、きっと後悔はしないと信じて。
見守ろう。


いや~、今日はブログの更新が出来ないかもしれないなあ…。
いや、出来るだけ頑張ってみる。
いっこいっこ、積み重ねていけばいいんだよね。地味~に。


怒りのエネルギーを えいやっと質転換して、前向きな明るい力に変える。 
人は変えられないけれど 自分はどんどん変わっていける。
理理不尽も不条理も 強い立ち直り力の前には闇の力を失う 
人間が幸せになろうとする力は強く逞しく そして…明るい!


自分で気がついて自然に軌道修正すればそれでいいと思って、
見守ることにしたつもりだったけど、
やっぱり、大事な人が道を大きく誤ってしまうのを見るのは辛い。
考え直すかなと思っている。


『恥』というものは『誇り』がなければ感じない。
平気で嘘をつく人間がいる事を学ぶ代償?
自分とはまったく違う世界に生息してきた人達が関わっていて、
一筋縄ではいきそうもないけど、
誠実であることが解決の1歩だと思って頑張る。


とても辛い状態だからと言って、うずくまっていたら何もできなくなる。
極限状況だと思われる時でも、後になれば、
あれはまだましだったと思えるかもしれない。
それを分けるのは、
その時その時に必死で全力を尽くしたかどうかなんだろう。
耐えられないと嘆く前に、まだ出来る事はないかと探す。


何が一番大切なのかを、見失わないようにしようと思う。
大切なのは、生きていくこと。
惨めでもみっともなくても情けなくても、生きる事を放棄しないように。
他人が下す評価よりも、
自分が誠実に精一杯努力したかどうかを基準にしよう。


生きたくても生きられなかった命を私は知っている。
理不尽な運命の子を私は知っている。
真っ直ぐに誠実に懸命に生きなければ、あの無垢の魂に恥ずかしい。


愛するものを命がけで守ろうとする時、人は信じられないほど強くなれる。


ずっと先になって、いつか自分のやったことの意味が、
違う角度で見えてくることもある。
大事なのは、その時がくるまで、
少しでも自分を好きでいられる様な生き方を重ねていくこと。
人はごまかせても、自分はちゃんと知ってるから。
真っ直ぐ生きないと、いつの間にか魂が傷む。
人間は結局、正直な生き物。


1ヶ月後の自分、半年後の自分、1年後の自分、5年後の自分、10年後の自分、
20年後の自分、30年後の自分、50年後の自分を想像してみる。
100年後は確実にいない自分が、
どれだけこの命を大切に生きる事が出来るか、想像してみる。


難しい言葉は要らない。
前世とか、来世とか、実感がない。
だから、 今の自分を心から愛せるように、成長したい。


いま、この現実を生きる自分を、
信じ、励まし、勇気づけ、元気づけるのは自分。
人は変えられないけれど、自分はどんどん変わっていける。
自分が変われば、自分を取り巻く世界が変わる。


心配事はあっても、毎日は同じ様にやってくる。
これは、やっぱり有難いという事なんだろう。
さあ、今日も自分に出来る事をシッカリやるぞ。…
で、徐に豆乳ヨーグルトをいただく。
やっぱ人生、常に前向き。


ロロノア・ゾロじゃないけれど、
「背中の傷は剣士の恥だ」的な感覚 は何となくわかる。


後ろ向きの逃げの気持ちでする努力はどこか虚しいのだ。
打ちひしがれてばかりいるのもそろそろやめだ。
人間は本来たくましいものなのだ。
その上、私の血が流れているなら大丈夫(笑)…そう信じてる。


生きていれば、何とかなる。
道草も、遠回りも、迷い道も、あってもいい。
全部自分の道にしてしまえばいいんだ。
自分を信じて、堂々と生きるなら、苦しみも悲しみも必ず消していける。
乗り越えていける。だから、自分を大切に生きて欲しい。
家族は、その為に出来る事は何でもするよ。
あなたの笑顔を待ってる。

*************

昨年。。。人生で2番目に辛い事が起こった頃のツイート。
今でも、解決はしていない。進展もない。

でも、自分が変わる事で乗り越える。
待ち続けながら、強くなると決めたから。
信じる力を失くさないように、愛する者のために強くなる。

2012/04/28

人間がこれを作った

建造物を見るのが好きだ。
知識がないから蘊蓄なんて言えないけど、ただただ見るのが好き。


洋の東西は問わない。
できれば天井が高めのものが好きだけど、特にこだわりはない。


先日紹介した三菱一号館の様な英国建築も好きだし、
ヨーロッパの様々な建築様式の大きな建物なんてドキドキするくらい好きだ。
 

「…人間が、これを造ったんだよ?」

私の感動はいつもこの一言に行きつく。

人間は、弱くてちっちゃいけど、すごい仕事をする。
たくさんの人が集まって、何年も何十年も、場合によっては何百年もかけて、
とてつもなくスゴイものを作り上げる。

人間って、本気の仕事させるとすごいんだぜぇ~
と、自分は何もしてないのに威張ってみたりする。 

そんな私は、
昭文社の『世界遺産―ユネスコ登録690遺産すべて収録』っていう
分厚い大型本を買って、本の中で世界旅行を楽しんだりしてた。
そう、私の大好きな歴史のある建造物がいっぱい出てくるから、
それを見ながら、勝手に『旅』をした気分になるのだ。

そして、ネットの世界がどんどん広がってからは、
画像・映像・サイト・旅行ブログ…
いろんな形の『旅』ができるようになった。

自分が実際に行く事はまだまだできそうにないから、
人様の旅行に気持ちだけ便乗させてもらってる。

そんな私のお気に入りのサイトが、世界遺産イェーイ!』

30歳を超えたところで一念発起!
世界遺産を全部制覇することを夢見て、
仕事を辞め、世界一周の旅に出かけたイェーイ!な夫婦のサイトです!

…と、サイト説明にありました。う、羨ましい!
こちらのサイトは、じっくり読み始めると、恐ろしい事に
あっという間に夜になる。とても楽しい!
そして、自分がひと旅行してきたくらいに心地良い疲労感に思わず爆睡。
是非、隅から隅までじっくり見て、読んで、堪能してください(笑) 

それから、『世界遺産巡り』
このあたりになると、私の歴史的建造物熱がどんどん上昇して
ちょっと気に入った建物が見つかると、その建物について検索し始めて
もう…止まらない。

そして、その流れの中で最近また、素敵なサイトを発見!


これは、一級建築士で工学博士の柳沢 究さんの、
究建築研究室というサイトのコンテンツの一つ。

私の大好きな『建造物』がいっぱい!
それに、プロの建築士さんの解説や設計図などもあってワクワクドキドキも倍増。
様々なブログ記事も興味深く自分の知らない世界を冒険している気分!

長く京都でお仕事してらっしゃったので
日本の伝統的な建築や家屋のお仕事の写真もたくさんある。
これがまた趣深くて…時が経つのも忘れる。

…そう、つまり、このサイトも恐ろしいサイトのひとつです(笑)
夢中で見ていると、時間がどんどん過ぎていくのです。
楽しくて楽しくて。

本当にオススメ!今まで見る楽しみしか知らなかった私だけど、
見ながら知る楽しみも教えて頂きました。

色々なお宅や店舗などの建築設計のお仕事の様子など、
なかなかこんなにたくさんのものを見れる機会なんてないですっ!

リンクをお願いしたところ、本当に快くご許可を下さって、
柳沢さんには本当に心から感謝です!

調査研究あるいは旅行を通じて、世界や日本の伝統的建築や民家、
いわゆるヴァナキュラーな建築に数多く触れ、観察を重ねてきました。
そこに見られる自然/ 建築/人間の三者の複雑で魅力的な関わり、
そしてそこに刻まれた時間の蓄積。それらに接した時の素朴な感動が、
建築の設計・研究に携わることの原点にあります。
このようなフィールドにおける体験と実感を大切にしながら、
流行に流されず・常識にとらわれず・独創性にこだわりすぎず、
「人間にとって自然な建築・住まいとは何か」という
普遍的な問題にとりくみたいと考えています。(サイトのプロフィールより転載)

…で、昨日からまた『究建築研究室』 のサイト内を探検中(笑)

ありのままの自然も大好きだけど、
建物があるという事は、人がそこに生きている、もしくは生きていた証。
蓄積された知識と優秀な頭脳と夢に満ちた創造力から生まれ
たくさんの人が月日をかけて作り上げた『建物』にはすごいエネルギーを感じる。

「…人間が、これを造ったんだよ♪」